便乗するという行為
便乗するという意味を国語辞典で調べると「他人の乗り物に、ついでに乗せてもらうこと」、「好みに機会をとらえて利用すること」と書いてあった。
買いだめ、大儀名分の下、石油の利権争いの為の戦争介入、政府の東電への責任転換や自衛隊へのまる投げ、連立政権への模索など、今の状況を見ると便乗するという言葉が当てはまるような事柄が多いように感じる。
もう少し、今の起きていることの現実を静観し、どうあるべきかを自分自身の目で直視する必要性があると思いますが。。。。
今回の想定外という地震・津波の規模による災害にあった被災者の方々に取っては、物資援助などは緊急対応の一部であって今後、被災地、被災者への継続的な支援をどうするのかが聞きたい事で一番に重要な点ではないかと思います。
しかし、今の状況では、県単位の枠組みでの縦割りによる支援方法では、いずれ限界があると感じています。今、避難者に取って求めていることは、県の枠組みに限定することなく、国を挙げて被災地の復興への期待するビジョンを政府として示すべきことがもっとも重要と思います。
それこそが政治家としての使命であり、日本列島改造論ぐらいの想定外の大風呂敷を広げ、そのビジョンに則って官僚の方々が実現する為の策を講じることこそが国民主体の政治、まつりごととして支持されるものと思います。
国債を一時的に発行したとしても他の国々の方々は、日本の危機的状況の中で危機を回避する為に立ち上がった日本人がいたことを、評価をしています。
日本人として評価される人財が多ければ多いほど、国を挙げて復興することへ意気込みが他の国々への模範となり、市場における協調介入などやあらゆる面での協力は、得られるものと思われます。
今こそ、神は、乗り越えられない試練は与えないという言葉を信じ、ただひたすら被災地への希望ある復興の実現を目指す為のビジョンを示すことが被災者、国民に取って求めているものだと思っています。
そのビジョンを示してからの大儀名分の下、暫定的な増税することへの国民への理解を求めることこそが、良い面での便乗するという行為ではないかと思います。