季節感の認識
東京で桜が八分咲きの頃に八戸に帰郷、やはりこの時期の八戸の寒さを感じる。新幹線の中から盛岡〜二戸間そして八戸と雪景色が続いていた。昨日は季節感の違いに年齢のせいか体がついてこれない。少々バテぎみの状況。
東京から帰郷後の私自身へのお客様からのクレームの電話、「社長、お宅の会社はトラブルがあっても対応してくれないのか」と寝耳に水の内容を聞く。
慌てて社内の方々へ確認するが状況が見えずにいる様、問題となる事への認識の甘さが露見、早々に昨日の朝に全員より事情を聴衆するが、事情を説明する人は正論のように話をする。何かを忘れている。
それはお客様がトラブルで困っている現実を忘れている。
自分は、報告した。忙しかったとの立場のみの主張や誰かの省にする風潮そのものが今の現実。誰も現実を直視せず当事者にならずにうんざりする。
この現実を作ったのはやはり自分ではないかと反省する。
相手に伝えることは、確認する義務があるし、忙しい、忙しいという方に限って仕事ではなく、金にならない作業ばかりをしている現実を知ることが必要。
社内全体から外を見渡すのではなく、社外の状況から社内を見渡す事ができれば、もう少し別観点の意識が芽生えるのではないかと思うが。。今の現実。
進捗会議の中で問題となる点を気付くような感所があれば良いのだが、形式に流されるよな進捗会議では問題となる点を気付けない。評論家傾向では何も生まれない。
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